私はアイドルオタクのモブ
※全てにおいてフィクションです
平凡、普通、特筆する事は無し。
割とその辺に、わざわざ探さなくてもどこにでもいるような独身OL。
そういうものが私の肩書きだと思う。
都心から2駅離れた家賃6万弱のワンルームを城にして、新卒で入社した小さなデザイン会社はかれこれ勤続6年目に突入した。
28歳、今年の冬には29になる。
近頃の悩みといえば、親族がやんわりと結婚を急かす事。その上もう2年近くまともな彼氏がいない事。そして更に、同僚のキモデブ男(35歳独身)と趣味が被っていた事が先月嫌々参加した部署の飲み会で判明し、かなり強引に交際を迫れている事。
これでも一応23~4歳の頃は、そこそこの数の男が競う様にご機嫌を取ってきた。
美人、では決してないが、ブサイクというにもパンチが足りない凡庸な顔面の上、性格も良いとは言い難いけれど。
自分は、この世界の主人公じゃないんだって、薄々理解し始めてきた、三十路目前の今日。
日曜日の午前6時半。
普段通りの休日だったら今頃は布団の中だけど、眠気&疲れ&平日に積もりに積もった怠さなんか全部全部吹っ飛ばしてドレッサーを覗き込む。
ケチって特別な時にしか使わないエス○ーツーの1枚1700円のシートマスクを顔から外し、これまたいつもならチャチャッと済ませる化粧水&乳液を丁寧に丁寧に肌に馴染ませた。
5日前に百貨店のコスメカウンターで購入したけれど、デイリー使いには不向きと判断したエスティー○ーダーのダブル○ェアをここぞとばかりに使用するか、それともR○KのUVリキッドファンデでいつも通り仕上げるか…。
そんなこんなを思案しながらスマホに表示された時刻を見ると、午前7時の5分前。
「あっ…やば。お天気の時間じゃん…」
慌てながらも慣れた手つきでチャンネルを選局すると、ちょうどお目当の天気予報コーナーが始まったところだった。
3ヶ月程前からこのコーナーは新人アイドルの女の子が「お天気キャスター」を務めている。
「「きょうのお空はどんなそら〜?」」
お天気キャスターの少女が口ずさむ、単調だけれどどこか脳内に残るメロディ。
それとユニゾンする、TVの前の28歳独身OLの声。
少女は都心の気温を伝えるけれど、私の興味はそこではなかった。
「あ〜…大空あかりちゃん、今日も可愛いなあ。大空お天気始まったばかりの頃はまだまだ全然だったけど、コメントもしっかりしてきたし、何より表情が活き活きしてきたよねえ。てか今日昼からライブなのに…朝から頑張ってて偉いなあ。もう本当、丸呑みしたいくらい可愛い。お天気コーナーの最後に今日のライブの告知とかするかな?てか、スミレちゃんとひなきちゃん、今頃お天気見てるかなあ?それとも移動中かな?リハまではまだ時間あるよね?あ〜〜〜……ほんっっっとみんなかわい」
私は、この世界の主人公じゃないし、普通平凡どこにでもいる感じ。
普通に生きて普通に結婚して普通に死ぬ。
でも、彼女たちは、アイドルたちはそうじゃない。
彼女たちは、みんな主人公なの。存在するだけで輝いてるの。
生き様全てが「物語」として紡がれる、「アイドル」という運命を背負っているの。
そして私はそれを、その人生を、「ファン」として垣間見る事で、その非凡感を味わっているの。
「今日アリーナAブロで神席だしなあ…あかりちゃんに失礼のないように綺麗にしないと」
再び鏡の前に向かった私は、やっぱりこっちと手に取ったエスティー○ーダーのダブル○ェアをムラなく顔面に伸ばし、SNSで大人気のフェイスパウダー・レフ粉を大きめのブラシでふわっと肌に纏わせた。自然とにやける口元にイヴ○ンローランのルージュを。
全ては、なんてことない日常、人生に、キラメキを与えてくれる「アイドル」のために。